芸大講座「おもろさうし」波照間永吉(芸大附属研究所客員教授)

「おもろさうし」とは
沖縄最古の歌謡集。12世紀から17世紀にかけて沖縄各地で歌われていた
叙事的歌謡を首里王府が編纂したもので、全22巻からなり、1554首が
収録されている。沖縄の歴史・文学研究の基本文献。

オモロは古琉球の人々の豊かな内面の世界をおおらかに表現した
叙事的歌謡である。その内容は太陽の美しさや祭祀儀礼、酒宴や
航海、地域の有力者や国王を称えたもの、庶民の生活まで多岐に
わたっており、歌われた地域も奄美から沖縄諸島まで広範囲に
及んでいる。

むかし はじまりや
てだこ おおぬしや
きよらや てりよわり
(昔、天地の初めに、日の大神美しく照り給えり)

せりかくの のろの あけしののろの
あまくれおろちへ よろいぬらちへ
うんてんつけて こみなとつけて
かつおうだけさがる やまとのいくさ
やしろのいくさ
(せりかくやあけしのノロが雨雲を呼び降ろして武者達の鎧を濡らした。
大和や山城は、戦たけなわだそうだ。)

オモロの恋絵巻
かつれんまみにやこは                  勝連真みな子は
やでおちへ             やで置ちへ
又中ひやくなこみなこは          中百名小みな子は
やでおちへ            やで置ちへ
又ひるなれば                    昼なれば
きもかよい     かよて       肝通い 通いて
又よるなれば              夜なれば
いめかよい     かよて       夢通い 通いて
又にしみちの           西道の
ぢゃなみちる     いきやしゆ    謝名道を行こうか
又ひがみちの           東道の
やぎみちる         いきやしよ    屋宜道を行こうか
又ひが道い            東道は
やぎのおもいぎや まちより    屋宜の愛人が待っている
又にし道や            西道は
ぢゃなおもいぎや まちより    謝名の愛人が待っている
又いぢや             いざ
やけな中みちぢよ            屋慶名の中道を
いきやしよ            行こう        (14巻996)
(勝連真みな子と情を通じたため、昼は心が通いに通って、夜は夜で
夢を見続けに見るしまつである。彼女恋しさに西道の謝名道を行こうか
東道の屋宜道を行こうか迷うのだが、東道を行けば屋宜の愛人に見つかり
そうだ。はて、困ったが、そうそう屋慶名の中道があった。そこを行こう。)

きしゃばつくりきよ        喜舎場つくり人
きしゃばおなりしや        喜舎場おなり子は
ゑけ はひ           (囃子)
よべ みちやるいめの       昨夜見た夢が
まよなかのいめの         真夜中の夢が
又いめや あとなもの       夢は跡なきもの
いめや うせなもの        夢は失せなもの
又おなり だちへともて      おなり抱いたと思い
つくり だちへともて       つくり抱いたと思い  (12巻730)
(喜舎場の娘ツクリは、喜舎場の乙女子は、なんと可愛らしかったことか、
あれ、まあ!昨夜見た夢が、真夜中に見た夢が、ほんとに楽しかった。
でも夢はたわいないもの、夢はすぐに失せるものだ。かわいい
乙女を抱いたと思い、いとしいツクリを抱いたと思ったのに。)

はつにしゃが節          初北風の節
あがるいの大ぬし         東方の大主
なるかねのおもいぐわ       鳴る金の思い子
しつらかね まくもに       しつら金 真雲に
なか人に やた物         中人に やた物
やこへせば とこへせば      八声為ば 十声為ば
とくつかい            疾く使い
又てだがあなにとよみよし     てだが穴に鳴響み良し
又あさつゆは けりあげて     朝露は 蹴り上げて
ようつゆは けりあげて      夜露は 蹴り上げて
又なか人に かよて        中人に通って
こいものに かよて        恋者に通って  (13巻833)
(東の方の領主である鳴る金の思い子のしつら金が、真雲と言う女性と恋仲であったので
少しでも彼女の噂が伝わると、急ぎの使いを出すありさまで、東の方では大変な評判である。
朝な夕な草におく露を踏み散らして恋人のところへ通うしまつだそうだ。)

オモロ解読の困難性
上記の事例の如く、主語も述語も省略される場合が多く、また、主語を明示する助詞がなく、
オモロ研究者を悩ませている。

ペーチン